実録?百物語
58、龍神さま
text by 網屋徹
ユニゾンのコーラスを聴いた、例のオフィスの話。rnrn雑居ビルの1階が当時勤めていた会社のオフィスで、2階には別の会社が入っており、3階
には大家さん一家が居を構えていた。当時、なにかとサービス残業が多くて、月に何回かは会社に泊まることが
あった。まあ、無理して泊まり込むこともなかったんだけど、家に帰るのがめんどくさくなった時なんかは、い
いだけ仕事をして、会議室の机の上に寝転がって仮眠を取っていた。rnrn始業が11時だったので、10時半
くらいに起き出して身繕いをする、というのが泊まった時の定番のスケジュールだったのだが、たまに朝7時半く
らいに物音がして起こされることがあった。大家のおじいさんがオフィスの鍵を開けて入ってくるんだな。rn
rn物音にビックリして飛び起きて出ていくと、「今日は一日(ついたち)ですので、…さまのお参りをし
ようと思いまして」なんて言って、大家さんが有無を言わさずに入ってくる。オフィスを通り抜けて、社員が喫
煙スペースにしていたバックヤードにある小さなほこらを掃除したり、花を供えたりしていくのだ。そんなこと
に何回か遭遇してわかったのだが、一日と一五日がお参りの日らしい。rnrnそんな感じで、早朝に侵入して
くる大家さんと何回か遭遇したが、いつも「…さま」が聞き取れず、大家さんはいったい何を祀っているの
か全然わからなかった。タバコを吸いながらほこらを眺めては、想像を巡らせるだけだった。rnrnrn会
社の引っ越しが決まり、あと数日でこのオフィスともお別れというある日の朝、ようやく謎が解けた。いつもの
ように朝7時半にやってきた大家さんが、いつにないハッキリした口調で「龍神さまのお参りに…」と言っ
たのだ。rnrnまあ、それで祀られているものの正体はわかったものの、なぜ龍神さまが祀られているのか、
という疑問は残った。龍神と言えば、水や海の神様だが、オフィスの近所には、かつては歌に歌われたこともあ
るものの、フタをされてドブ川のように扱われている川しかなかったからだ。川を汚してしまったからこそ龍神
さまを祀る、ということもあるかもしれないが、それにしても、龍神さまを祀る大家さんはいったい何者なのだ
ろう。rnrn疑問を残したまま引っ越しして、その後その場所を訪れたことはない。