実録?百物語
32、十三階段
text by 網屋徹
以前、仕事でつきあいのあったAMさんから聞いた話。今からおよそ20年ほど前。AMさんが、東京都内にある木造二階建ての二階部分を借りて住んでいたときのこと。その家は、一階部分と二階部分の入り口がまったく別で、いわば縦に繋がった二件長屋みたいな感じだったのだが、AMさんが住んでいた二階部分には、玄関=階段を登って入るように造りになっていた。
そこに住みはじめてしばらくした頃、夜中寝ているときにふと気がつくと、みしみしと足を忍ばせて階段を上がる音が時々聞こえてくるようになった。AMさんは、おばあさんからの隔世遺伝で、見てはいけないものを見たり感じたりすることがよくあったので、ああ、またイヤなのがこなきゃいいけどなぁ…と思っていたそうだ。
夏になるとほとんど毎日、夜中にみしみしと階段を上がってくる音がして、入り口のドアの外でじーっとしている気配まで感じるようになってきた。ある日、思い立って、そのみしみしの音を数えてみると、ちょうど13段目で足音が止まる。次の日も、数えたら13段目で足音が止まり、ドアの外に誰かいるような気配がする。そのうち、息使いまでが聞こえてくるようになった。
昼間数えてみると、玄関から自分の部屋のドアまで続く階段の数は14段。夜中のヤツよりも一段多い。変だなあって思ったその夜、やはり夜中にみしみしと階段を上がってくる音が聞こえてきた。AMさんは、息を殺してその数を数えた。
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13・・・・
やっぱり足音が13回聞こえて、止まった。やっぱ変だなぁと思ったその瞬間、「はさっ!」と誰かが布団の上に覆いかぶさってきた。AMさんは思わず「うわあ!」と叫んで飛び起きた。
誰もいなかった。覆いかぶさってきたときの重さと、顔にかかった生臭い息は確かに実感として残っている。でも、誰もいなかった。念のためにドアを確かめると鍵がかかっている。
ちょっと不安になったので、1、2、3、4、5…と、一段ずつ確かめながらゆっくりと階段を降りていった。ちょうど13段目に足をかけたそのとき、体の脇を風がすうっと吹き抜けて行ったような気がした。
その日から、足音は聞こえなくなってしまった。