実録?百物語
12、無線
text by 網屋徹
学生時代に経験した出来事。一時期、バス掃除のバイトをしていた。夜のバス置き場に出向き、車内の清掃をするという仕事だ。1台150円からの歩合制で、一晩に1万円近く稼いでいたから、かなりの台数をこなしていたことになる。が、環境は気持ちのいいものではなかった。見渡すかぎり畑しかないような土地で、だだっぴろい上に照明もほとんどないバス置き場で、1人で黙々と作業をするのだ。もっとも、誰が見ているわけではないので、適度に手を抜ける楽な仕事ではあった。
手順はこんな感じ。バスの中に入り、電源のマスタースイッチをONにし、車内照明を点ける。清掃して、電源を落として出ていく。まれに、運転手が無線を切り忘れている場合があり、バスの営業時間内であれば、ときおり業務連絡が飛び込んでくる。
「(ツツーッ)××町の交差点で事故渋滞です。定刻から5分ほど遅れて運行しております」
「(ツツーッ)はい了解。気をつけて戻ってください」
無線連絡の場合は、必ず頭にこの(ツツーッ)という独特の音が聞こえるのだが、たまに(ツツーッ)なしで呼びかけてくることがあった。しかも、決まってひそひそ声で。
「...気を付けろっ...」
「...助けてっ...」
それがいやで、半年もしないうちにそのバイトは後輩に譲った。後輩には何も聞こえなかったようなので、まあよかったのではないだろうか。