実録?百物語
48、台風の夜に
text by 網屋徹
確か1998年ごろのことではなかったか。7月の祝日に、大型の台風が東京地方を直撃した。rnrnとんでもなく差し迫った仕事があったので、日
中は会社で仕事をしていたが、台風が東京地方に最接近する前に切り上げて帰宅した。家には珍しく兄夫婦が遊
びに来ていて、強風の中を帰るわけにもいかないので、泊まっていくという。rnrnどうせ明日は嵐で仕事も
休みだろうから、今夜は騒ごうかということになり、酒を飲みながら台風の夜を楽しむことになった。停電した
わけでもないのにローソクを点け、あれやこれやと話をしているうちに、誰からともなく怖い話が始まった。r
nrnそうなると、私はちょっとやそっとでは止まらなくなってしまう。兄嫁が怖がるのをしり目に、調子に
乗って持ちネタを次から次へと披露した。怖がる聞き手がいると、話し手は自分勝手に盛り上がってしまうから
始末に終えない。外は相変わらず強風が吹き荒れている。rnrn気がつくと、大量のローソクを消費してい
た。かなり小振りのローソクで、10〜15分で1本が燃え尽きてしまうのだが、それを2〜3本同時に点け、消える
そばから新しいものに火を点けていたので、20本くらいは使ったのではないだろうか。ふと気づくと明け方の5時
くらいで、風もだいぶ弱まってきている。rnrnさすがにそろそろ寝ようかということになった。長時間の恐
怖と尿意に耐えていた兄嫁が階下のトイレに行っている間、二階に残った私と兄は、怖い話の余韻を引きずった
まま話を続けていた。rnrnと、兄嫁が足音を荒げて階段を上ってきた。なにやら怒っている。「2人して手
の込んだイタズラするのやめてよね!!」話を聞くと、トイレの中で、誰かが玄関の戸を外からノックする音を聞い
たという。私か兄のどちらかが、どこかの部屋の窓から外に出て、玄関まで行って戸をノックしたと思っている
ようだ。rnrn普段なら、酔いに任せてそれくらいのイタズラをしたかもしれないが、なにしろ台風の晩であ
る。ようやく弱まってきたとは言え、外はまだ強い風が吹いている。そんな危険なことをするわけがない。風で
庭の木がしなって、玄関の戸を叩いたんだろう、と兄嫁をなだめすかして床に着いた。が、ホントのところは、
何かヤバイことが起きかけている、という気がしていた。rnrn夜中にローソクを点けて怖い話をするという
のは、百物語のスタイルだ。どうやら、その気に惹かれて、この世にあらざるものが玄関まで来ていたようだ。
幸いなことに夜が明けかけており、これ以上何かが起こる心配はなかったのだが。rnrnrn翌朝。台風の
影響で電車が止まり会社は休み、という期待は見事に外れ、これ以上ないほどの晴天。世の中は何事もなかった
かのように動き出していた。眠い目をこすりながら、いつもと同じように仕事に出かけた。rnrnその晩のこ
と。いつものように終電で帰宅した。疲れ果ててはいたものの、すぐに寝る気にもならず部屋でだらだらしてい
ると、玄関の戸を誰かがノックする音が聞こえた。時計を見ると、まもなく午前2時になろうとしている。他人の
家を訪れるような時間ではない。rnrnえ、こんな時間に誰が…?と思っていると、ノックの音がもう
一度聞こえた。さっきよりも音が大きい。玄関を開けて出るべきかどうか迷っているうちに、明け方に兄嫁が聞
いたというノックの話を思い出して、固まってしまった。何かが来ている!? 一人で身動きもできずにいたが、そ
れ以上は何も起こらなかった。心なしか、玄関のあたりに何かの気配を感じたのだが、中まで入ってくる様子も
なく、去っていった。rnrnが。それから約一週間、その何かは毎晩玄関の戸をノックした。決まって夜中の
2時ごろに、それも2回ずつ。2、3日は怖かったが、中に入ってくる気配もなかったので、そのうち気にならなく
なった。さすがに戸を開ける勇気はなかったが、気づくと物音はしなくなっていた。rnrn怖い話をしていて
何かを呼んでしまったのは、それが初めてではなかったが、百物語なんてするもんじゃないな、と本気で思っ
た。