水晶のドクロ

1、ヘッジス・スカル その1

text by 網屋徹

「水晶のドクロ」。数あるオーパーツの中でも超有名な部類に入る遺物で、文字通り、水晶で作られたドクロである。「水晶細工」と書くと、別にたいしたことなさそうなイメージだが、問題は「水晶のドクロ」が作られたのが“超大昔”だと推定されていることだ。

“超大昔”とアバウトな書き方をしたが、実は「水晶のドクロ」と呼ばれる遺物は複数存在する。発見された場所と時代がそれぞれ異なるため、ひとまずアバウトな書き方をしてみたわけだ。ただまあ、発見場所はおおむね中南米〜南米に集中しているようなので、マヤやアステカ文明の遺物ではないかと思われる。

で、“超大昔”の話。水晶という物質の性質上、ドクロ型に加工された年代を特定するのが難しく、出土した遺跡の年代から製造年代を推測するしかないらしい。例えば、「水晶のドクロ」の中でももっとも有名な「ヘッジス・スカル」の場合、マヤの古代遺跡である「ルバントム」から発見されたため、紀元300〜800年頃に作られたと推測されている。ルバントム自体がマヤ文明の「古典期」、現在から1000年以上前のものだとされているからだ。

しばらく「ヘッジス・スカル」に焦点を当てて話を進めてみよう。失われた大陸「アトランティス」の発見に情熱を注いだイギリス人探検家フレデリック・A・ミッチェル・ヘッジスとその養女アンナ・ミッチェル・ヘッジスが、1924年にルバントムの調査中に発見したとされるこの水晶ドクロは、人間の頭蓋骨をほぼ完璧に模したもので、非常に透明度の高い水晶を削り出して作られている。高さ・幅ともに12.5cm、長さ17.5cm、重さ5kgで、女性の頭蓋骨がモデルになっているらしい。非常に精緻な加工が施されており、実際の頭蓋骨と同様に下顎が外れるようにできている。

水晶というのは非常に固い鉱物で、モース硬度では「硬さ7」。加工には「硬さ10」のダイヤモンドが
用いられる。研磨には酸化クロムや二酸化ケイ素などの高硬度の磨き砂が用いられるのが一般的だそうだ。はたして、銅製の工具しか持たなかったマヤ人に、この硬い水晶を加工することができたのだろうか?という問題が、ヘッジス・スカルをしてオーパーツたらしめているのである。

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